練習帳

捌け口

書きはじめ

 辰濃和男さんの本を読んで、書かなきゃいけないと思った。毎日少し一文でもいいから書くことが上達の近道らしい。そんなわけでこのブログがスマホの隅っこにあったのを思い出して、ちょうどいいやってことで書くことにした。

 そもそも、この本を読んだきっかけは、行きつけの喫茶店での店主との会話だった。曰く、雑誌の取材を受けて記事になったとき、思ってもないようなことが書かれていたらしい。そんなことが続いているから取材を受けなくなったんだ、とか。取材をしてものを書くというのも難しい技術で、誰にでもできるようなことじゃないよね、なんて感想を伝えたときに、ふと、自分はどうなんだろうと思って、その場で衝動買いしちゃったのがこの本である。

 文章を書くときには気をつけることが書いてあって、正確に具体的に書くだとか、気取ったことを書かないだとか、目次を見ると大雑把に38ぐらいあるらしい。そんな中でも一番大事なのは、心から思ったことを書くこと、なんだそうだ。細かい技術より、文章に込められた思いがあれば伝わる文章が書けるということらしい。

 個人的に気をつけたいなと思ったのが、借り物の表現をしないこと。紋切り型の表現をできるだけ避けるのが望ましいというけど、これは結構厄介だなぁ、と思った。ネット上に散らばっている文章を読んでいたり、人が話しているのを聞いてると、大体同じような単語を使って同じような表現をしていることが多いなぁ、と思っていた。自分自身、使える表現の幅が狭いと思う。マズい。

 ところで、こうやって文字を書いていると、自分には考えていることを分析する癖があることを発見した。さっきこの本を読んでいたときにも、感情移入するような読み方と自分を突き放すような読み方があるのかって発見をして、自分はほとんど後者しかしてないなって思った。特に小説とか読むときは顕著で、自分の感情は横に置いておいて、結局フィクションなんでしょ、現実には関係ないしって突き放す癖がある。自分のことについてもどこかそんなところがあるんだろうなぁ。いい歳こいて、なんとなく夢見がちで、ふわふわしてるところがあるヤツだなぁ、と思ってたけど、自分のこともどこか他人事に考えてるからなんだろう、と他人事のように考えてる。

 どんどん頭の中が広がっていってキリがない。とりあえず、残りは明日以降に回すことにしよう。ちょうど学生してるんだから、学校の復習を兼ねて何かを書くのは大変都合がよろしい。当分は書くことには困らないはず。